2011年3月26日 山口県宇部市の職員が2名常磐道も通行規制されていた中勿来に来てくれた。宇部市長の命を受けた2名は、その夜地元に残った10名程度のメンバーの集まりで、復旧活動への初動取組みやボランティア受入等我々が経験したこともない内容について説明し、早急な着手の必要性を説いた。

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 翌27日、小浜町・岩間町・錦須賀の被災地を確認し、㈱クレハを訪問し、ボランティアセンター設置場所として社宅跡地の借用を申し入れ、最後の被災地である関田に入った時携帯電話が鳴った。
 元いわき民報記者の方からで、居場所を聞いてきた。待ち合わせ場所を決め合流し、再び皆が待つ関田地内に入った。

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 それが、山口県宇部市と初めて国内の支援活動に関わる国際NGOシャプラニールと私たちが出会った瞬間だった。

 その山口県宇部市は東日本大震災直後に復興支援うべを立ち上げ、活動資金を企業や市民から集め、いわき市勿来地区の復旧・復興を支援し続けてくれた。

 今回、復興支援うべがその活動目的を達成し、発展的に休止をするという連絡をいただき、ビデオレターの依頼があった。当会としては私たちのバックボーンであった団体の解散に立ち会いたいと会場の片隅で見させて欲しいと伝えたところ、快く迎え入れてもらえることになり7年ぶりに訪問することとなった。

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 空港には、弘中さんが出迎えてくれた。常盤公園へ行くと2011年に勿来に来てくれたもう一人の藤田さんが業務を行っていた。私にとっては2011年以来のツーショットである。お二人が公園や植物園を案内してくれた。

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 宇部と勿来とのつながりについては、パネルになって展示されている。これは何よりも代えがたくとても嬉しい。

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 宇部市民なら蟻の城を誰でも知っているというオブジェ。

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 18:00から宇部市民協働会議は開催され、その中で活動休止が報告された。活動に関わった何名かの方の感想が紹介され、当会のビデオレターも会場に流された。ボランティアに来て下さった懐かしい顔が会場の所々に見え、一言挨拶を促され話をさせていただいた。
会場内の展示パネルでもなこそ復興プロジェクトの紹介が必ず記載されていて、おしかけ音楽隊としてボランティアセンター全員が参加した宇部訪問の写真も展示されていた。

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 防災のカリスマ弘中さんには、テレビ局が取材攻撃をしています。
懇親会にも参加させていただいた。宇部には永山本家酒造の「貴」という美味しい酒がある。この店では飲み放題に貴が用意されており、この日店の貴は全部飲み干してしまった。

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 永山本家酒造の娘さんのアキちゃんは復興支援うべの初期の事務局であり、勿来にも2回ほど来てくれたことがあります。男山と書いてある建物は、かつて二俣瀬村の役場だったそうでそれを永山本家酒造さんが買い取ったということです。建物は文化財となっているため外観を直すことが出来ず、現在内部のリニューアル中で、近いうちにお洒落な空間になるということでした。

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 酒造りの現場も見させていただきました。社長自ら案内してくれて興味深く見学しました。

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 創業は1880年(明治21年)で、現役で使われている建屋は10メートル以上の長さのある梁が何本も通っている土壁の蔵です。量り売りだった時代の土瓶や酒造りに使われた大きな樽が置いてあり、歴史の重みを感じさせます。こちらも文化財に匹敵するぐらいの価値ある建物だと感じました。

 こうして、久しぶりに訪れた宇部市での滞在は満喫することが出来、飛行場まで送ってもらいいわきに帰ってまいりました。

 懇親会の席では、同窓会をやろうという声もあり、それも面白いだろうなと思っています。ギリギリのところで繋がり合った仲間という感触は特別で、声を掛けたら結構集まってくれそうな気がします。
重要案件として宿題にします。